眞田正適の心書

住職の心書309.退屈

「退屈」とは一般的に何もすることがなくて時間を持て余す事だとされておりますが、元々仏教用語で、「退屈」は「退いて屈する」と言う意味であり、修行の苦しさや難しさに屈して、仏道を求める心が退き、努力する心を失うことを意味しました。

もうダメだと言って何もしないことを指します。
   
走り続ける事は中々難しいのも事実。

しかし止まっても退かず屈せずまた歩きだす一歩が退屈な人生にならない為に必要であります。

知心寺住職 眞田正適

眞田正適

眞田正適

中学校を卒業してから高野山にて十年間 真言密教を学び、行を経て地方寺院にて長年奉職するもコロナウイルス感染症が流行により、辞職することになる。 自分自身に何ができるかと自問自答していた時に、知心会代表である岡本真太郎と出会い、「皆が共に学び、共に成長できる場所を作りたい」といった想いに感銘を受け、知心寺を興し、知心寺住職を拝命する。 日々綴っている「住職の心書」では、仏教の教えをもとに心を豊かにする言葉を発信している。

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