自信を持つ事は良いですが、それが永遠の自分のものだと錯覚すれば慢心につながります。過剰な自信は自分の小さな過ちを認めたがらず、見逃してしまいますから反省がありません。反省のないところに成長はありません
他人の失敗は目につきやすいですが、自分自身の出来ない部分、見たくない部分も目をそらさずに認めていく修行が「忍辱」の意味であります。起こった事象を他者の責任にせず、自分事として考える事が問題の本質を捉え
自分の心を思うように操ることに関して、言葉で言うのは簡単ですができるようになるには、「言うは易く行うは難し」の類です。思うようにならない自分の心を持て余してそのために右往左往するのです。
自らの財を施す行為である「布施」は善行とされておりますが、ただ財を施せば良いと言うわけでもありません。「倶舎論」には不純な布施が七つも挙げられております。
明日から秋の彼岸入りとなります。仏教において悟りを得るために様々な修行をしますが、その一つに「六波羅蜜」があります。
悪口や陰口を言われたりすると心の中で怒りの気持ちがふつふつと湧き上がってきます。
「売り言葉に買い言葉」と言われますが、私たちは何か心外なことを言われると、どうしても言い返したくなります。何も言い返せないと、負けたと思ってしまいがちです。そのような状態になると、怒りが怒りを増幅させ
ある方からFacebookのメッセージで「人生とは」といった問いをいただきました。人生とは"人の生き方"と書きます。人の生き方は人々それぞれ違います。周りから見たら不遇だと思われていても本人は意外にも