眞田正適の心書

住職の心書50.あきらめる

仏教用語に「あきらめる」と言う言葉があります。
しかし、一般には本当の意味には使われず、妥協や現実逃避に解釈されることが多いようです。

あきらめは「諦め」と書き、起こった事象を「明らかに見る」と言う意味であります。今の状況を見つめ、集まってきた諸々の原因を探し、消滅する方法を考え、教えの道を実践していくのです。
「諦め」には徹底した自分自身の「洞察」と「批判」と「実行」があります。

「諦め」は妥協や現実逃避ではありません。自分を見つめる姿勢です。

知心寺住職 正適

眞田正適

眞田正適

中学校を卒業してから高野山にて十年間 真言密教を学び、行を経て地方寺院にて長年奉職するもコロナウイルス感染症が流行により、辞職することになる。 自分自身に何ができるかと自問自答していた時に、知心会代表である岡本真太郎と出会い、「皆が共に学び、共に成長できる場所を作りたい」といった想いに感銘を受け、知心寺を興し、知心寺住職を拝命する。 日々綴っている「住職の心書」では、仏教の教えをもとに心を豊かにする言葉を発信している。

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