眞田正適の心書 住職の心書353.放置 2022.06.29 「心田長ぜず無明の草」 畑でも普段から耕し食料を育てているところには草がありません。何も耕さず手付かずのところにには草いっぱいです。私たちの心も同じことです普段から自分の心の在り方に注意をしていると、心の中に起こる迷いや煩悩。悪い心が起こり、それが広がる事はありません。放っておいても畑の草と同じように迷いが生い茂ります。普段から心がけておかないと生い茂ってから気付き、それを刈り取る(頭の整理)のは大変な重労働です。 知心寺住職 眞田正適 記事のタイトルとURLをコピーする Post Share この記事は役に立ちましたか? 参考になりましたら、下のボタンで教えてください。 0 住職の心書352.暑い日 前の記事 住職の心書354.自芯 次の記事 コメント 0 コメント 0 トラックバック この記事へのコメントはありません。 トラックバックURL この記事へのトラックバックはありません。 返信をキャンセルする。 名前(例:山田 太郎)( 必須 ) E-MAIL( 必須 ) - 公開されません - URL 上に表示された文字を入力してください。
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